部員の作文 2005年(平成17年)


■バレーボールの思い出

2005年3月卒部 ゆいこ

 

 私は、去年の6月の終わり頃に、この千葉中央JCに入りました。最初は他のみんなが上手くて、あの中に入って練習する事が出来るのかと不安になりました。
 入ったばかりの頃、夏の合宿に参加しました。監督の練習は泉谷小での練習の2時間に比べ、ものすごく長くて、キツかったです。でも終わってみると、上達していたので、参加してとてもよかったと思いました。
 父兄のみなさん、私達の試合では、いつも大きい声で応援してくださって、ありがとうございました。
 4.5年生のみなさん、これからも声を出して一生けん命に頑張ってください。
 私は千葉中央で教えてもらった事を忘れずに、中学校でも生かして行きます。
 かんとく、コーチのみなさん、9ヶ月という短い間でしたが、今までありがとうございました。

 


■ぼくと、バレーボール

2005年3月卒部 おきつ

 

 ぼくは、二年生の時にバレーボールを始めました。最初は、男子の数が少なくてチームが組めず厳しい思いをしました。でも練習を続けているうちに仲間が自 然に集ってきました。そして六年生になって、ささきかんとくが来て下さいました。いままでよりいっそう厳しく指導してもらいました。その中でも、練習や試 合中で声の出すことの大切さそしてなによりも試合に勝つ事のうれしさ、負けることのくやしさを教えて頂いたと感じています。ぼくたちは、その事を通してと てもいいチームになれたと思います。こういうチームになれたのは、高橋かんとく、ささきかんとくを始め、コーチのかたがた、事む局の太田さん、保護者の方 たちのおかげだと思っています。いままでありがとうございました。そしてみなさん、これからもがんばってください。

 


■千葉中央JCの思い出

2005年3月卒部 ゆめか

 

 わたしが中央に入ったのは、6年生 ぐらいの時で最初は、なにがなんだかわからなくて、みんなについていくのが精一杯だったけど、みんながやさしくしてくれたり、わからないことがあったら、 教えてくれたりしてくれたおかげで、練習にもなれることができました。ありがとうございます。
 わたしがいままでの試合で一番思い出に残っている 試合は、関東大会の準決勝リーグです。特にさわらとみなとスーパーキッズと戦った時は、接戦で、ただただ何も考えずにボールだけをおっていて、アウトボー ルをさわったりしてしまったけれど、みんなでがんばりました。そしてがんばったかいあって、両方に勝てることができました。でも、その裏でわたしたちを助 けてくれたのは、保護者のみなさんです。わたしたちのために車をだしてくれたり、試合を応援してくれたり、わたしたちがけがをしたときは、すぐに手あてを してくれました。保護者のみなさんのこんな助けがなかったら、ここまでこれなかったと思います。そしてかんとくやコーチは、わたしたちに一生けんめい教え てくれました。練習でつらくなった時に、かんとくやコーチのきびしい言葉で、やんなちゃだめだとおもわされたこともありました。下級生のみんなは、とても 元気がよくて、おちこんで元気がないときには、見ていると元気が出てくる気がしました。保護者のみなさん、かんとくやコーチ、下級生のみんな、本当にあり がとうございます。
みんなの思いを胸にわたしは、これからもがんばります。四、五年生のみんなも、わたしたちよりももっともっとがんばって、いい思い出をたくさん作っていってください。

 


■千葉中央JCの思い出

2005年3月卒部 みお

 

 私は、4年生のときからバレーをやっています。5年生のときに、いっしょにバレーをしていた人たちがやめちゃいました。私はそのとき、レギュラーじゃな かったのにレギュラーになりました。レギュラーになれたのはうれしかったけど、仲間がやめてしまったのは、かなしいなと思いました。
その後、きび しい練習をしました。きびしい練習で、おこられて、ないて強くなっていくんだなと思いました。ここまでやってきて、バレーのくやしさ、たのしさ、いろんな ことをまなびました。中学校へいっても、千葉中央でやってきたことを中学校のバレーでいかし、レギュラーでも、レギュラーじゃなくても、がんばっていきた いです。
 四年生五年生のみなさん。これからもせいいっぱい練習や試合をがんばってください。
 かんとくやコーチ、ごしどうありがとうございました。

 


■バレーボールの思い出

2005年3月卒部 ゆみ

 

 私は、5年生の5月頃、千葉中央JCに入部しました。入部から卒部までの間、たくさん思い出ができました。
 初めての公式戦だった新人戦。JC 初の決勝トーナメント行きで、とてもうれしかったです。ベスト8だったけど、『4にも行けたかな~。』と今、思っています。この後に、仲間がやめて、全部 ふり出しにもどりました。チームを立て直すのは、とても大変だったので、強く心に残っています。
 夏の館山合宿。たくさんおこられて、雨の中校庭を20週走りました。なぜか今では、おもしろいです。
 最悪だったペプシカップ。今までにない、本当にダメな試合でした。理由は今でも不明です。
 くやしかった関東大会。準決勝リーグまでは良かったけど、決勝トーナメントでは、くやしさだけしか残りませんでした。『あの時、こうしていれば…。』と思う事がたくさんありました。
 いろいろな事があったけど、時間が経つのはとても早く、私は千葉中央の選手ではなくなります。今日まで来れたことをうれしく思います。
 5年生へ。これから中央の柱になりますが、卒部まであっという間です。練習や試合を一回一回大切にしてください。
 4年生へ。球拾いだけしかできないこともあったけど、ちゃんと練習にきてくれました。ありがとう。
 1~3年生へ。もっと練習にきて上手くなってください。JCの未来は君達が柱ですよ。
  いろいろ教えてくださり、進路の心配までしていただいた監督、悪い所を教えてくれたり、ためになることを教えてくれたコーチの方々、かげから支えてくれた 親、他の保護者の方々。今まで本当にありがとうございました。これから私は中学生になってバレーボールを続けていきますが、千葉中央JCで学んだことを忘 れずに、これからのバレーボールに生かしていきたいです。ありがとうございました。

 


■6年生のみなさんへ
2005年03月27日
 
 私にとっての思い出は、あの暑い遠い館山の合宿でした。海での砂遊びと、服を着たまま海中に入ったことです。ラジオ体操と朝の散歩の時でしたので、海の水はたいへんつめたく、目を覚ますにはちょうどよかったです。
 合宿の目的は、関東大会の出場です。始まった6年生のレギュラー練習。規律正しく、怪我のないように毎日きびしい練習が続き、夜おそくまでバレーの勉強をしていた6年生。いろいろな面で責任があり、たいへんでした。
  私が6年生になった時に、同じことができるのか心配です。6年生は、おしくも決勝トーナメント一回戦で負けてしまいましたがでも、予選でシードチーム2 チームをやぶりトーナメント進出のため、満足していることでしょう。あの予選の6年生のがんばりは、6年生のほんとうの力がでていてあの試合は、中央の人 達には、いつまでもかたられることでしょう。
 また、今年の新人戦には、えんせいのときから一緒にきてくれ、しんぱんとかレシーブなどをやってもらい、6年生の力強い応援とともに3位に入賞しました。
 3位になったのは、6年生の思いを私達が試合で結果を出しただけです。6年生の応援とあれだけ練習をしているので、3位はあたりまえのように思っています。今年は、かならず関東大会に行きたいです。6年生、応援にきてください。
 6年生のみなさん中学に行っても、バレーボールをつづけて、いまやっている春校バレーに出場している高校に進学してください。そしてかんとく、コーチのところに時々戻ってきてください。
 いつまでもバレーボールを愛し自分の夢をじつげんするように努力してください。

 女子代表 未来